チャオ!!
俺の名前はタイム。時間のタイムじゃないぜ。ハーブのThymeだ。知ってるかい?生まれも育ちもイタリアの伊達男だ・・・。
と言いたいところだが、実は生まれも育ちもここジャポーネだ。俺のずーっと前の先祖はイタリアに住んでいたんだ。それがなぜか爺ちゃんかひい爺ちゃんがこんなアジアの東の島へ連れてこられてしまった。以来、一族はジャポーネ暮らしだ。
しかも俺はこんな山陰の松江という寒い寒い街で生まれ育った。いつかは俺の本当の故郷、イタリアへ戻って陽気な地中海の強い日差しを浴びるのが夢だ。
さて、俺の育ての親はマエダケンジっていう人間だ。
店長とか呼ばれて格好つけて自己紹介なんて書いてるけど、実のところはどうなんだ?
少し俺の目から見たマエダケンジを紹介してみようと思う。少し長いけど、読んでみてくれ。
面倒くさいんで、名前もケンジにしとこう。
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ケンジってのは、俺や、親戚のラベンダーやローズマリー、セイジっていういわゆるハーブを育てるのを仕事にしている。
普段ケンジはビニールハウスで俺たちの仲間の種子をまいたり、挿し木をしたり、水やりをしている。
俺もそのビニールハウスで生まれたんだが、大きくなったんで今はもうちょっと街中にある「グリーンノート」っていうハーブのお店の店頭に並んでお客さんが買ってくれるのを待ってるんだ。
ケンジの朝は早い。薄暗いうちからビニールハウスにでかけていく。イタリア人ならまだみんな寝ている時間だ!
ネット通販ってやつで俺たちの仲間をお客さんに送る準備をしたり、農作業をしているみたいだ。
そして昼頃に店に帰ってくる。ケンジが戻ってくるとすぐわかる。車のなかで大音量で落語を聴いているからだ。近所の人はきっと変に思ってるゾ。せめてカンツォーネでもかければいいのに。
店に帰ってきたケンジはパソコンに向かう。お客さんからメールってのが届くのでそれに答えるのが大変らしい。これが終わるとようやく昼食、そのあとのシエスタは欠かさないようだ。
昼寝から起きると俺たちの仲間を全国に発送する仕事を始める。先月は仲のよかったセイジ君やミントちゃんが沖縄へ旅立っていった。寒い山陰から南の島へいけて羨ましい限りだが、憧れのシニョリーナ・ミントちゃんがいなくなって俺は今ちょっと寂しいモードだ・・・。恨むぜ、ケンジ。でも、昨日はいじめっ子だったボリジが北海道へ送られた。あっちはまだ雪の中だぜ。ざまあみろ。
そうそう、ケンジには一緒に店をしている奥さんがいる。ハーブティーやアロマに詳しいみたいで、グリーンノートでお客さんに乾燥したハーブやアロマオイルを売るのが仕事のようだ。店の棚にはカラカラに乾かされたり、絞られて油になってしまった仲間たちが瓶に詰められて並んでいるが、見るたびに寒気がする。人間ってなんて残酷なんだ。俺もああなるのだけは絶対嫌だ。
でも、奥さんはハーブについてはあまり知らないようだ。俺たちの名前も時々間違えてお客さんに説明している。ケンジも時々は店頭に立っているが、こちらはお客様の名前を覚えるのが苦手なようだ。ハーブの名前はよく覚える癖に・・・。ケンジに名前を覚えられるというのは相当親密か、それともよほど強烈な印象のある人だけだと思う。ついでにラッピングも下手くそだ。クリスマスシーズンなんかはいつも困っているみたいだ。
夕方になるとケンジはまたパソコンに向かう。お客さんにメールを打ったり、ブログを書いたりフェイスブックとかいうやつをしているみたいだ。このごろはインスタってやつにはまっているみたいで、ニヤニヤしながら俺たちに近寄ってきてはスマホでパチパチ写しやがる。肖像権なんてお構いなしだ。
しかも、ケンジは妙に足が大きい。30センチあるっていうが、こちらは近づいてくるたびにいつ踏みつぶされるかヒヤヒヤする。「馬鹿の大足」っていうが、本当かもな。
さて、日が暮れる頃に息子が帰ってくる。もうすぐ高校3年生になるが、毎日グーグー寝てばかりいるようで、いつもケンジや奥さんに怒られている。ときどき俺たちの前でテニスの壁打ちをするんだが、ヘタクソでボールがよく飛んできて怖い目にあう。この前も俺の枝が一本折れた。はやく大学に受かって出て行って欲しい。
夜は苦手なケンジは、好きなお酒とご飯を食べると一番に寝てしまう。安いヴィーノですぐ酔っぱらってしまうようだ。音楽や読書が好きなのに、なかなかその時間が取れないらしい。こうしてケンジの1日が終わる。
ケンジは休みの日は天気がいいと自転車に乗ったり、近くの山へ登ったりしているようだ。イタリアの高級自転車に憧れているようだけど、なかなか買えないらしい。そもそも気候がいい時期は仕事が忙しくてなかなか楽しめないらしい。「休みなのにこんなにメールを書かなくちゃいけない・・・・」ってブツブツ言っているのが時々聞こえる。ちょっとかわいそうだ。
こんなケンジだ。見た目も人間のなかでは中の下ぐらいでパッとしないやつだが、いいところもある(少しは褒めとかなきゃな)。
俺たちが生きていくには肥料っていう食べ物が必要だが、ケンジはとりわけ美味しい肥料を俺たちにくれる。グラツィエ!!
有機肥料っていうやつだ。今は化学肥料っていうのを使う人間が多いんだが、あの化学肥料ってのは喉は焼けるし、苦いし、食べると頭が痛くなるそうだ。それに比べると有機肥料は甘くて柔らかいし、体が元気になる。
それに、ケンジはあの臭くて目がチカチカする農薬っていうのも絶対使わない。確かに俺たちの体を食べるような虫もいるが、少々食べられても大丈夫なぐらい俺たちはエネルギーがあるんだ。それに、あの農薬ってのをかけられると俺たちと仲良く暮らしている小さな虫たちも死んでしまう。なんであんなことを人間はするんだろう?
ただ、美味しい肥料をくれるって言っても、ケンジはあまりたくさんはくれない。水も最低限しかかけてくれない。「厳しく育てるのだ」なんて偉そうに言っているが、ただのケチじゃないのか?でも、俺たちがあまり病気せず育っているところを見ると間違っていないのかもしれない。
おっと、調子に乗って書いていたらこんなに長くなってしまった。これを読んで怒ったケンジに剪定されて丸坊主になってしまうかもしれない。あーあ、俺もはやく綺麗なシニョリーナに買ってもらってどこかへ旅立ちたいなぁ・・・。
グラツィエ! アリヴェデルチ!!