終わりのない園芸作業
園芸作業には終わりというものがありません。季節にかかわらず次々とすることが出てきますし、クオリティを上げようとすれば天井知らずです。
けれど使える時間は限られています。
毎日のように、「あ〜、あの虫きちんととっておけば良かった」とか、「あの鉢の剪定、今日できなかったなあ」というようなことを繰り返しています。
なので、そもそも、取りかかることさえできない作業もあります。
そば殻くん炭マルチ
その一つが、苗の株元へのそば殻くん炭マルチ作業でした。
よく観察していらっしゃるお客様の中には、2019年春頃から、当店から送られてくる苗の表面にそば殻くん炭が多めに乗っていることに気づいておられる方もいらっしゃるかもしれません。
苗の株元をそば殻くん炭でマルチしておくと、土の表面が日射にさらされることがなく、土の温度の急上昇を防いだり、風化したり土が硬くなることを防いでくれます。もちろん、根の保護にも繋がります。
また、水が急激に乾くことも防ぎますし、水やりの時にも土にゆっくりと水が浸み込みます。
株元へのマルチは、いろいろな素材で可能ですが、そば殻くん炭は、水をやっても流れにくく飛びにくいことと、長く置いていても崩れにくいことでも使いやすい素材です。また籾殻のくん炭に比べるとサイズが大きく隙間も大きいことから、表土との間に空気の層が作られやすいというメリットがあります。
そのほか、アルカリ性のくん炭が土の表面にコケが生えるのを防いでくれたり(当店は水道水でなく井戸水を使っているのでコケが生えやすいのです)、夏の悩みの種であるコガネムシが産卵するのも抑制しているようです。
適役現る
このように良いことづくめですし、株元にそば殻くん炭をまく作業はごくごく簡単です。ところが、他の優先するべき作業があるため、長い間実行できずにいました。
そんなある日、当店のスタッフから、この作業は障害者福祉サービス事業所こだまさんの作業としてお願いできるのではという案がでました。そこで、こだまさんにお尋ねしたところ、こだま利用者のAさんの作業として検討していただけることになりました。
※障害者福祉サービス事業所こだまさんは、「ハーブ鉢植えセット」の製作をお願いしている事業所さんです。
Aさんは、SMAPの草なぎクン似のクールな青年。お茶の袋詰め作業などを行っている「せいかつ3」というグループに所属しています。ただ、施設ではほかの利用者さんと一緒に作業をすることが苦手のようで、作業実績があまり芳しくなかったようです。
そば殻くん炭を苗の株元に敷く作業は、当店のビニールハウスで、一人(職員さんも同伴して)でする作業です。最初は担当の職員さんが手取り足取りで作業を教えていらっしゃいました。
そのころは十数ポットしかできなかった時もありましたが、職員さんの丁寧な指導で、すぐに作業にも慣れ、毎月少しずつ作業量も増えてきました。
今ではコンスタントに2ケース〜3ケースの作業をこなされるようになりました。Aさんはスプーンでそば殻くん炭をすくって丁寧に株元に広げていきます。時々はみ出すこともありますが、職員さんがしっかりフォローして直していただいています。
日々の積み重ねの成果
毎日3ケースといっても、週5日、四週間行えば60ケース。もちろん、こだまさんでの行事などもあるので毎日というわけには行きませんが、当店スタッフでも、これぐらいの量をこなそうとすると、相当の時間がかかります。
なかなか自分たちでしようと思ってできる作業ではありません。水やりや挿し木や種まき、土作り、出荷などのほかの作業に追いやられて何年経っても取り掛かることさえできなかったことでしょう。
暑さが長く続いた今年(2019年)の夏も、株元に敷いてもらったマルチのおかげで例年より枯れる苗も少なかったように思います。また、水やりの頻度も少なくなって、そのぶん他の作業ができるようになりました。本当に、とても助かっています。
また、ジャーマンカモミールやディル、イタリアンパセリのような1、2年草は、苗のうちに花が咲いてしまうと、売り物にならなくなってしまいます。炭には植物を成熟・老化させるホルモンであるエチレンを吸着する働きがあるため、そば殻くん炭でマルチする事で今年はずいぶんダメにする量が減りました。土の急激な乾燥を防いだことも理由の一つです。
当店からお渡しできる作業工賃は決して十分とは言えないのが心苦しいですし、Aさんは耳が不自由なため、きちんとお礼を伝えることができていません。
普段、あまり目を合わせてくれないのですが、当店の感謝の気持ちだけでも伝わってくれれば嬉しいです。でも、以前、一度だけ車の中から手を振ってくれたのが強く印象に残っています。
今後、もっと作業が進むようになったら親木の株元にもマルチをお願いしても良いかなと思っています。
(※Aさんが苗に敷いてくれたそば殻くん炭、梱包時に散らばるため発送時には大部分を苗から取り除くようにしていますが、畑にすきこんで土壌改良に役立てています。)
もう一つの大切な作業
また、Aさんには、うまく育たなかったポット苗の土出し作業もお願いしています。
苗もたくさん育てていると育苗中に、枯れてしまう苗も相当な数に上ります。放っておくと無駄な水やりになりますし、育苗場所も圧迫します。そのため、とりあえず枯れたポットを取り除くのですが、その後、ポットから土を取り出す作業は、つい後回しになってしまいがち。
油断しているとあっという間に山のように積み上がっていたのですが、Aさんにこの作業をお願いするようになってからはいつもスッキリ!!この作業も簡単なようでいて案外手間がかかるため、とても助かっているのです。
こだまの職員さんのことば
「作業を始めた当初のAさんはまだ作業に抵抗があったようで、1ケース終わらないうちに、施設に帰りたがられていました。それが今では3ケース終わっても、まだ進めようとされるので、こちらが『もう帰りましょうよ』と言うぐらいになられました(笑)。」
「今では、抵抗なく喜んでビニールハウスへ来られるようになりましたし、何より作業を楽しんでおられる様子ですね。」
「また、施設から遠出して作業に行くのも楽しみの理由のようですよ。」
こだまの職員さんからのこういったことばを聞くとお願いしてよかったといつも思います。
そして、毎回丁寧にAさんに付き添って作業の補助をしてくださっているこだまの職員さんたち。彼らがいらっしゃるからこそ、当店も安心してこれらの作業をお任せすることができています。本当に感謝・感謝です。
そして、この作業をするまでは、施設ではなかなかお仕事が進まず、作業実績に応じたお給料も伸びにくかったというAさん。当店の圃場で作業をするようになってからは、月によっては、ビニールハウスの作業だけで数千円となることもしばしば。ご家族も喜んでいらっしゃると聞き、当店としても嬉しい限りです。
支え、支えられ
作業をお願いしてもうすぐ一年になろうとしています。今ではAさんの仕事は当店の作業を進める上で欠かせなくなってきています。
今年の夏(2019年)はあまりにも気温が高く、日中のビニールハウスは危険を伴う状態だったため、真夏は作業をお休みしてもらいました。また、秋になってもいろいろな行事で来ていただけない日が続くと、マルチを敷いてもらいたい苗も、土を片付けてもらいたいポットもどんどん溜まり始め、焦りを覚えたほどです。
今では、どちらが支えて、どちらが支えられているのかわからないぐらい。Aさん、当店のサポートスタッフとして欠かせない存在になり始めています。
仕事のマッチング
こだまさんの施設では作業が思うようにすすまなかったAさんでしたが、ビニールハウスではこんなにいい仕事をなさって貢献しておられます。正直なところ、お話をした時点では想像さえできませんでした。
仕事や環境の相性がマッチすると、そんなに違うものかと驚きました。もちろん、サポートされるこだまのよき職員さんたちに恵まれたということも忘れてはいけないと思います。
特に農業にはシンプルな作業であっても成果に大きく関わる仕事が沢山あります。そしてそういう仕事に限ってつい後回しにされたり、実行せずに終わってしまうことが多いのではないでしょうか。今回、良い巡り会いでこれらの作業をお願いすることができたのは幸運でした。
仕事とのマッチングがうまくいけば人のちからを大きく引き出すことができるということを今回、まのあたりにすることとなり、当店でも色々学ぶことが沢山ありました。今回の作業にかかわらず、工夫次第で他にもお願いできる作業はでてくるに違いありません。日々考える必要がありそうです。
追記
2019年も終わろうとする頃、こだまの職員さんからAさんの変化について嬉しい報告をいただきました。
もともと、こだまの事業所内でのお茶詰めなどの作業ができなくてビニールハウスの作業を始めたAさんですが、秋ぐらいから、調子が良い時にはお茶詰め作業にも参加できるようになられたそうです。くん炭入れ作業や土出し作業がもたらした変化かどうかはわかりませんが、それが少しでもきっかけになっていたとすれば、当店としてもこんなに嬉しいことはありません。
来年もきっとAさんは頑張ってくれるでしょう。我々も負けずに頑張らねばと思った年の瀬でした。